米国特許の無効及び侵害に関する鑑定書〜
1998年4月6日作成
菊間 忠之
(未熟者ゆえ、理解が及ばず、誤りなどがあるかもしれません。ご指摘、ご指導を頂ければと思っております。メールでご連絡ください。)
1.鑑定書の防護的価値
a. 増える損害賠償額
米国では、特許法35USC284の規定によって、侵害が故意であると認定されると、損害賠償額を実際の損害額の3倍まで増額することができる。日本の特許法においては3倍賠償なる条文はないが、改正審議会では3倍賠償について議論されている。そして、平成10年改正法では、民法709条との関係で3倍賠償を導入するのは見送られたようであるが、侵害者の販売額を権利者の損害額と推定する規定が入るようである。このように特許権侵害に対する損害賠償額は日米ともに増額の一途をたどっている。
b.故意侵害
米国特許法の規定によって、故意侵害であるか否かで、損害賠償額を3倍まで増やすことができる。損害賠償額の増額は、判事がエクイティーの元に決め、この増額は懲罰的意味あいがある。故意侵害の責任は、侵害者の侵害意図、侵害に対する心理状態及び侵害の過失性によって生じる(National
Presto Industries, Inc. v. West Bend Co., 76 F.3d 1185)。そして、一般に侵害が故意か否かは、次の因子を考慮して決定される。
1)侵害者が他人のデザインあるいはアイディアを熟慮の上でコピーしたか否か。
2)侵害者が、他人の特許権を知ったときに、特許の権利範囲を調査し、それが無効である又はそれを侵害していないと善意に信じていたか否か。
3)訴訟における侵害者の態度。
4)侵害者の企業規模、経営状態。
5)事件に対する綿密さ。
6)侵害者の違法行為の期間。
7)侵害者によってとられた改善行動、例えば侵害者が訴訟中に被疑侵害品の製造を中止するなどを行なったか否か。
8)損害を与えようとする侵害者の動機。
9)侵害者が違法行為を隠そうとしたか否か。
以上の因子などから、侵害者の悪さ加減をみて、故意侵害の有無を総合的に判断するのである。そして、損害賠償額が2倍になるか3倍になるかは、故意の程度によって判事が決めることになる。
c.故意侵害と鑑定
故意侵害の認定をさけるために、鑑定書が過去の判例においても重要な位置を占めている。
例えば、故意侵害認定の因子のうち、「2)侵害者が、他人の特許権を知ったときに、特許の権利範囲を調査し、それが無効である又はそれを侵害していないと善意に信じていた」について、Bott
v. Four Star Corp. 1USPQ2d1210では、「法的アドバイスの一つとして鑑定がある。鑑定書が正しく作成されていれば、”善意で信じることになった”ことの立証が可能である。」と判示しており、Ortho
Pharmaceutical Corp. v. Smith 959F2d936,22USPQ2d1119では、「専門家の見解が、裁判所が特許侵害ではないと判決するであろうと侵害者に信じさせるほど完全なものであったかどうかが問題になるのである。」と判示しており、Read
Corp. v. Portec, Inc.では「被告の行為が非侵害であるという合理的信念を持たずに行なわれた場合、鑑定書にそのような信念についての証拠能力を要求される。」と判示している。
また、「7)侵害者によってとられた改善行動、例えば侵害者が訴訟中に被疑侵害品の製造を中止するなど。」について、Ivac
Corp. v. Terumo Corp では、「侵害開始時の善意を示さず、そして特許弁護士のアドバイスに従い、設計変更の努力をせず、訴訟で悪意をしめした場合は3倍が妥当」、
Graco Inc. v. Binks Manufacturing Co.では、「改良型ポンプ(イ号の一部)の販売開始後に得た見解書で権利侵害の結論を得、製造販売を中止した事実、イ号の一部が侵害であることを認めた事実は、故意侵害の根拠にならない。改良型ポンプの実施は特許権を無視した結果ではなく、不注意によるべきものだったと認定された。」、The
Read Corp v. Portec Inc.(23USPQ2d1426)では「弁護士の見解書の存在にもかかわらず故意が認定されるのは、見解書を無視して侵害者が実施した場合である。」と判示している。
そして、鑑定書について、Underwater Devices, Inc. v. Morrison-Knudsen
Co., Inc. 717F2d1380,219USPQ5699 では、「侵害被疑者は他人の特許権の警告がある場合、侵害しているか否かを決定するために適正な注意を払う積極的義務がある。その義務には侵害となるかもしれない行為を始める前に弁護士から適切な法的アドバイスを受けることが含まれる。」と判示しており、The
Read Corp v. Portec Inc. 23USPQ2d1426 では、「原則として、他人の特許権の存在を知った場合、この特許権に対し注意を払う義務がある。この義務には弁護士の鑑定(アドバイス)を受けることが必然的に伴う。」と判示し、鑑定書を義務づけている。
一方で、鑑定書の不備によって故意侵害を認定させてしまった判例も多々ある。
Underwater Devices, Inc. v. Morrison-Knudsen Co., Inc.(717F2d1380,219USPQ5699)では、「M社は侵害行為を始めてから弁護士のアドバイスを受けている、Sは侵害行為を始める前にR特許の有効性、侵害について評価(この評価にはファイルヒストリーの分析が含まれる。)していなかった。さらにM社が特許弁護士から鑑定を受け取ったのは侵害が始まってからだいぶ後であった。
従って、M社はR特許の存在を故意に無視した。よって3倍賠償」、The Read
Corp v. Portec Inc.(23USPQ2d1426)では「弁護士の見解書の存在にもかかわらず故意が認定されるのは見解書が不適格であった場合である。見解書が不適格と認定するには証拠を要する。その証拠として
1)必要な事実を調べておらず、従って結論に根拠がないこと、
2)事実に関する検討のない単なる陳述や表面上もしくは即席の分析しかおこなわれていないこと、ただし、クライアントが弁護士の見解書を評価しなければならないということではない。」、
と判示しており、鑑定書を適切に書くことが重要であることがわかる。
d.鑑定書のその他の利用
特許権者が、特許権の無効、非侵害又は権利行使不能を知りながら、権利行使を行った場合には、被疑者は独占禁止法上の保護を受けることが可能である。その場合に鑑定書がその立証の役目を果たすことがある。
また、規則11のSanctionの主張を逸らすためにも使用可能である(Judin
v. U.S., 110F.3d 780など)し、逆に訴訟前に特許権侵害の有無を弁護士は判断すべきであると主張し、規則11のSanctionを要求するためにも使用可能である(S.
Bravo System, Inc. v. Containment Technologies Corp., 96 F.3d 1372)。
2.鑑定書を、何時、書くか
特許権の存在を知ったときには、それを侵害しないようにする義務が生じ、それには鑑定をとることも含まれている。従って、特許権の存在を知った時にはできるだけ早く鑑定をとるべきである。鑑定をとるのが、あまりにも遅すぎたために故意を認定されたケースもある(Underwater Devices, Inc. v. Morrison-Knudsen Co., Inc.(717F2d1380,219USPQ5699)).
3.鑑定書を、誰が、書くか
a.米国弁護士(社外)
米国法の解釈であるから、米国弁護士、特に米国特許弁護士が行なう鑑定が最も信憑性が高いことはもちろんである。ただし、日本企業がしばしば誤ることは、有名な特許事務所に頼めば、適格な鑑定書が得られると思うことである。有名な、大きな事務所には、優秀な弁護士が多く居る確率は高くなるが、必ずしも優秀と言えない弁護士も居るので、依頼する際には、事務所のネームバリュ−ではなく、鑑定を作成する弁護士個人の能力を考慮して行なうべきである。
b.日本国弁護士又は弁理士(社外)
経費を節約するために、米国法の解釈を、日本国弁護士等に依頼することが希にある。この場合に注意しなければならないのは、日本国弁護士等は、日本法の専門家ではあるが、米国法の専門家でないということである。従って、その鑑定の信頼性は低くみられるのが一般的である。また改正前の日本国民事訴訟法下では、日本国弁護士等は、アトニークライアントプリビレッジが認められなかったので、日本国弁護士等による安易な鑑定が故意侵害の認定に使われる可能性があった。日本国弁護士等は米国法に関しては素人であることを謙虚に受けとめ、鑑定を作成することが肝要である。そのことを明示するために「本件は米国法下での解釈を要するが、仮に日本法下で解釈したならば、」という断わり書きを挿入するなどして、故意の認定を免れるような処置をしておくことが良いであろう。
c.社内の米国弁護士、日本国弁護士又は弁理士、あるいは、知的財産担当者
社外弁護士の鑑定には、多額の費用を要する場合がある。特に中小企業においては、その支出はできるだけ抑えたいと考えるのが常である。一般に、社外の鑑定を求めるべきか否かを知的財産部門が検討する。この際に、社内鑑定的なことが行なわれるのが通常である。この社内鑑定は、営業部門や研究部門からのプレッシャーがあったりして、客観性に問題をもつことが多く、社外鑑定に比べて信憑性が低くみられるのが一般的である。しかし、社内鑑定であっても、適格なものであれば、一種の鑑定として、故意侵害の認定を避けるための証拠として利用できる。
4.鑑定書に、何を、書くか
鑑定書に何を書くかの決まりはないが、一般的に以下のような内容が含まれるようにすれば、適格なものになるであろうと考える。
a.背景
なぜ、この鑑定書を書かなければいけないのかを明確にするべきである。具体的には、まず、鑑定書を求めた依頼人が誰であるかを記述する。そして、鑑定として何を求めているかを記述する。例えば、権利が有効か?無効か?、権利侵害があるのか否か?、権利行使できる特許権なのか否かが挙げられる。最後に、鑑定で吟味する対象を簡単に説明する。例えば、被疑製造物あるいはプロセス、特許発明、その技術分野での先行技術、技術専門家からの取材内容などが挙げられる。
b.要旨
この欄には最終的な結論が述べられる。最終的結論をこの欄で示して、依頼人にすばやく結論を提供するようにする。そして、依頼人が、さらに詳細を知りたい場合に、以後の項目を読み進めば良いような構成にするのが好ましいであろう。
c.鑑定の対象
1)被疑製品又はプロセス(イ号)の特定
被疑製品又はプロセスの内容に関する情報(現物、モデル、図、工程図、など)を示す。そして、その情報が何時の時点のものかを明確にしておくことが必要である。被疑製品やプロセスは一般に改良などによって、実際の販売時には内容が変更されていることがある。変更前の被疑製品又はプロセスについての鑑定では、その適格性を欠くことになる。最後に、その情報を誰から、どのようにして得たかを明確にしておくことが大切である。鑑定の基礎となる情報源の相違によって、その鑑定の信頼性、正確性、完全性が変わってくるからである。
2)特許権の手続状況
鑑定時における特許権の状況を十分に把握しておくことが重要である。維持年金の支払いがされていなかったり、権利期間(出願日から20年)が満了していたり、又はターミナルディスクレーマーがあったりすれば、侵害を被る権利が存在しないことになり、以後の検討は不要になる場合もあるからである。
特許権者が誰であるか、特許権が第三者にライセンスされているか否かを示しておくと良い。Ethicon
Inc. v. United State Surgical Corp., 45 USPQ.2d 1545では、特許公報に名前の載っていない共同発明者が存在し、その共同発明者が提訴しなかったために、原告の請求が退けられている。また、一般に米国ではライセンシーは特許権侵害を提訴することができない。
対応の外国特許があるか否か?外国特許の審査状況から、本国の特許権の行方を推測できることがある。
特許が、再審査や再発行の手続き、あるいは訴訟に係属している場合には、その審理経過が重要になることがある。
3)先行技術情報、当業者の技術水準及び非自明性に関する二次的因子の特定
新規性、進歩性(非自明性)の基礎になる証拠である。これらは、特許の無効主張の基礎となる証拠となる。
4)不衡平行為の証拠の特定
審査中の出願人の作為又は不作為を特定する。例えば、マテリアルな文献を意図的に提出しなかったなどの疑わしい行為があれば、それを特定する。
5)特許権の存在を何時知ったか?
特許権の存在を知った時には、特許権を侵害しないようにする注意義務が発生する。注意義務の中には鑑定書をとる事も含まれる。が、鑑定書を求めた時期が、特許権の存在を知った時から、はるかに遅い時期であると、その期間、被疑者は対策もとらず、不作為であったというだけで、故意侵害が成立することがある。
一方、特許権者が侵害被疑品に気づいた時期も重要である。特許権者が被疑者の行動を知りながら、長い年月権利を行使しなかったならラチェスの抗弁が可能になるからである。
6)被疑製品又はプロセスの開発経緯
どのように開発されたか?特許製品の模倣、盗用であれば、故意侵害の可能性は高くなる。独立開発であれば、故意の可能性は低くなる。
d.特許発明の説明
クレームの内容を確認するために、記述する。
e.審査経過の説明
特許出願審査中の補正は、権利者が非特許性にかかるものであることを立証しないかぎり、特許性にかかるものであると推定される(Hilton
Davis, 117S.Ct.1054)。特許性にかかる補正である場合には禁反言が適用される。均等論に対する抗弁として重要である。
f.被疑品の説明
被疑品を特許発明のエレメントに対応させて説明する。侵害の判断は一般に"All
Elements" Ruleとして知られている方法で行なわれ、「被疑装置にクレームのすべてのエレメント、あるいは、その均等物が存在することを証明しなければ侵害を認定しない(Penwalt
Corp. v. Durand-Wayland, Inc. (833F.2d.931,4USPQ2d.1737))。」ことになっている。
ここで、エレメントの意義には、"a single limitation"の意と、"a
series of limitation"の意とがある。Corning Glass Works v. Sumitomo
Elec. USA, Inc. (868F.2d.1251,9USPQ2d1962)において、Sumitomo側はエレメントを"a
single limitation"として解釈して非侵害を主張したが、裁判所は、Corning主張の"a
series of limitation"として解釈した。個々のlimitationが別異のものであってもa
series of limitationとして比較したときに均等とされることもありえる。クレームをエレメントに分けるときに、どのように分けるのが正しいかを十分に検討する必要がある。
次に、被疑品の実施状況を説明する。米国特許法下では、国内生産、国内販売申出及び国内販売(製法特許については輸入)に対して権利行使可能である。被疑品の実施地、実施形態を把握することは重要であり、実施状況によっては権利行使不能になることもある。
g.クレーム解釈
1)内部証拠〜
クレームの用語の意味は、クレームの記述、明細書の記述、及びファイルヒストリーから解釈する。
2)外部証拠〜
内部証拠だけではクレームの解釈が困難な場合に限り、外部証拠に依拠できる。内部証拠だけで判断できる場合は外部証拠は使用できない(Vitronics
Corp v. Conceptronic, Inc., 90 F.3d 1576)。外部証拠は特許発明理解のため使用できるが、それがクレームの意味を変更することはない(Markman,
52 F.3d 981)。外部証拠としては、辞書、辞典などの書物、専門家の証言などがある。
3)ミーンズプラスファンクションの解釈
ミーンズクレームは、明細書に記載されている構造、物質、あるいは行為、及びそれらの均等物を考慮して、その用語の意味を解釈しなければならない(In
re Donaldson Co.)。ミーンズが明細書に記載されている、どの構造等に対応するかを示す必要がある。
"means"の用語を発明者が記述したことは112条(6)の適用を意図していたという推定になるが、もっぱら詳細な構造を記述している文中において"means"の用語を用いても112条(6)の適用を受けない。機能だけを記述している場合に112条(6)が適用され、具体的構造を記述しているものは形式上"means"の用語を用いても112条(6)が適用されない(York
Products Inc. v. Central Tractor Farm&Family Center(40USPQ2d1619))。ステッププラスファンクションの解釈も112条(6)によって行われる(O.
I. Corp. v. Termar Co., 42 USPQ.2d 1777)。
h.侵害/非侵害の判断
1)侵害の種類
直接侵害、寄与侵害、侵害の誘引
特許権の直接侵害については271条に規定されている。すなわち、特許発明の米国内での製造、使用、販売申出及び販売、製造特許についてはその製造方法で得られた物の米国内での使用、販売申出及び販売が直接侵害となる。
寄与侵害が成立するには、直接侵害が発生していること、特許発明以外の用途が不存在であることが必要である。
侵害の誘引には、直接または寄与侵害を起こさせる意図があったことが必要である。
2)侵害判断
文言侵害
クレーム発明とイ号との対比を行い、イ号がクレームの記載と一致すれば文言侵害となる。
均等論侵害
クレームと被告方法との差異が非実質的であるか否かを客観的基準に基づいて評価し、非実質的であれば均等論を適用する。非実質的か否かのテストの一つとしてfunction-way-resultテストがある。当業者が置換可能性があるものを知っていたかも重要な基準となる。侵害者の主観的要件は均等論の適用に影響を与えない。Desiging
aroundは均等論侵害を否定する方向で働く。独自開発は侵害の成否に無関係であるが、模倣は非侵害を否定する方向に働く。均等の判断時は侵害時である。(Warner-Jenkinson
v. Hilton Davis Chemical Co.)
禁反言による制限
審査経過中の補正は、特許性に係わるものであるという推定が働く、この推定を覆すためには特許権者が特許性に係わるものでないことを立証しなければならない。(Warner-Jenkinson
v. Hilton Davis Chemical Co.)
Dedication to the public
明細書に開示されているが、クレームしていない事項を均等論によって、クレームに含めるようなクレーム拡張は許されない。(Maxwell
v. Baker, Inc., 39 USPQ.2d 1001)
先行技術による制限
従来技術を含むような範囲にまで均等の範囲は広がらない。 均等論によってイ号製品を含むような仮想クレームを作成したが、該仮想クレームが先行技術を含むような場合は侵害にならない(Wilson
Sporting Goods Co. v. David Geoffery & Assocs.(904F2d677,14USPQ2d1942))。
3)クレームの限定要素がイ号のエレメンントに一致する/一致しないのはなぜかの説明
結論だけを記述した鑑定書は、不適格なものとして、故意を否定することができない。結論の理由付けを論理的に説明する必要がある。この理論構成が、たとえ、裁判所の理論構成と異なることになっても、適格な理論構成で理由付けされていれば、鑑定として適格性をもつことになる。
4)証拠の水準(preponderance of the evidence)
侵害の証拠水準はpreponderance of the evidenceで行なわれる。すなわち、51%の立証で議論に勝つことができる。
5)外国で特許製造方法で製造された物の輸入
35USC271(g)は外国で米国製法特許を使用して製造された製品の輸入を阻止するために制定された。しかし、米国製法特許の外国での使用を禁止するものではない。Pfizer
Inc. v. Aceto Corp. (31 USPQ2d 1542)では、「A社は製品の輸入を行なっていないので271(g)の適用はない。F社は製品の輸入を行なっているので、もしA社製品が製法特許によって得られたものであるならば、P社はF社に賠償請求できる。」と判示している。
6)修理、再生産
日本においても、修理や改造が、特許発明の実施になるのか否か、問題のあるところである。米国においては”Repair
and Recostruction doctrine”がある。
修理等の原則として、特許品を合法に得た者には、それを修理するために非特許部品を交換する合法的権利が与えられている。この原則の適用においては、その特許の中での交換部分の大きさ、重要さは、修理または交換を構成するか否かの決定においては無関係である。改造(侵害)と修理(非侵害)の区別は、部品が本質的、区別的なものであるかどうかに影響されない。
許されない改造とは、その製品が全体としてみたときに使い尽くされた後に事実上新しい物品を作り出すといったような、その製品の真の改造に限定される。
摩耗することを前提とした部品の交換は改造というよりも修理である。しかし、特許されたものの第二の創作になるような交換は許されない(Sage
Products, Inc. v. Devon Industries, Inc.)。
7)再発行でクレームが拡大された場合
再発行特許で拡大されたクレームは、再発行特許が発行した日以降に効力を生じる。再発行以前については、元のクレーム範囲についてだけ効力が及ぶ。Seattle
Box Co. v. Industrial Crating & Packing Inc.では、「I社は再発行特許は侵害しているが、元の特許は侵害していない。I社は再発行特許が登録された時に持っていた在庫品についてその実施が許される(Intervening
Rightがある)。」と判示した。
i.特許の有効/無効の判断
1)特許権の登録状況の検討
鑑定の対象の項で説明したので省略。
2)On sale bar の検討
発明の実施化とOn Sale Bar
国内で出願日1年以上前に販売されていれば、新規性がなく特許無効になる。オンセールは販売及びその申出の状況全体を考慮して判断する(UMC
Electronics Co. v. United States (816F2d647))。In re Corcoran, 640 F.2d
1881では、オンセールの要素として、
1)クレームされた完成発明が販売申出をした物に具現化されているか又は自明にされていなければならない。
2)発明が実施可能であり且つ商業化可能であることを証明するために十分な試験がなされていなければならない。これは、販売申出が、発明を完成するまでできないという原則を証明するものである。単に着想しただけでは不十分である。発明の開発課程、発明の種などの発明が販売又は販売申出される状況全体を考慮する。発明完成には「発明の実施化」を必要としない(Wayne
K. Pfaff v. Wells Electronics, Inc.(Decided Sept. 8, 1997 CAFC))。
3)販売は、実験のためというよりは、主に利潤を求めて行なわれたものでなければならない。がある。
3)先行技術の検討
・実質的同一(102)
単一の証拠文献に基づいてクレーム発明のエレメントがそれぞれ明確にあるいはインヒアレントに開示されているかを示す。
・非自明性 (103)
非自明性の主張の場合に使う証拠文献等が審査段階で使用されたものであるかどうかを考慮すべきである。審査で使用された証拠文献による無効主張は、特許の有効推定のために、困難な場合が多いからである。
証拠文献とクレーム発明とを対比し、証拠文献にクレーム発明をなす動機付けがあるかどうかを検討する。
さらに、商業的成功などの二次的因子も検討にいれておくことが重要である。しかし、特許権者以外の者が商業的成功などを考慮することは難しく、非自明性を根拠とする特許無効の鑑定書に完全に依拠しての実施は故意侵害になりやすいかもしれないので注意を要する。
・記載不備(112)
先行技術による無効の主張が困難な場合でも記載不備による無効主張の道があるので、必ず検討する。97年の判決でリクライニングソファーの事件(Gentry)がある。
4)証拠基準
特許の無効は"clear and convincing evidence"の基準で判断される。すなわち、無効にするのには、8〜9割以上の確からしさがなければならない。
j.特許権の行使不能/可能
1)不衡平行為の検討
・意図と重要性
不公正な行為とは、(a)特許庁を欺く意図の元に、(b)特許性に対して重要な影響を与える情報を開示又は非開示した行為である。
不公正行為は(a)故意と(b)特許性への影響について、明白かつ確信させる証拠により立証されなければならない。不衡平行為があったか否かはこの意図と重要性とのバランスを勘案して判断される。だから、騙す意図が強ければ重要性が弱くても不衡平行為になるし、重要性が強ければ騙す意図が弱くても不衡平行為になる。
・欺く意図と重過失
従前判決の中には"欺く意図"の立証のために、過失(Gross Negligence)を証明すれば十分であるとされていたが、それでは不十分である(Kingsdown
Medical Consultants, Ltd. v. Hollister Inc.(863F2d867,9USPQ2d1384))。
・重要性
審査官が出願に特許を許可するかどうかを決定するのに重要であると考えるであろうと実質的に見込みがある場合、そのような資料はMaterialityがある(A.B.Dick
Company v. Burroughs Corporation(230USPQ849))
引例がMaterialityであるか否かはreasonable審査官の基準で行なわれる。特定の審査官が再審査で拒絶理由の引例として依拠しなかった事実だけではその引例はMaterialityであるかないかを決定するものではない。
特許性は国毎に異なるので、他国での審査でその引例が引用されたにも係わらず特許されたという事実だけをもって、本国でMaterialityがないことを意味するものではない。
Materialityを故意(Intent)に提出しなかった場合は不公正行為になる。Intentの立証には直接的証拠を要しない、状況や事実などの間接証拠によって証明される。他国で引用され、それが重要であると認識しながら、米国にそれを示さなかったこと、提出が遅れたことは不公正行為にあたる(Molins
PLC v. Textron, Inc.(33USPQ2d1823))。
2)ラチェスと衡平法禁反言
ラチェスや衡平禁反言が成立する場合は、提訴前に特許権者の損害賠償請求が制限される。が、通常、特許の存在に気づいただけの段階の鑑定で、ラチェス等の検討はしないが、被告の一抗弁手段として検討しておくこともよい。
ラチェスの判断要素としては、特許権者が提訴の遅れについて理由及び釈明ができたか。侵害者が特許権者が権利行使しないであろうとの先入観を持ったのがその遅れに帰するか否か。である。また、権利者が侵害を知った日から6年以上もの間、提訴しなかった場合は、ラチェスが推定される。
衡平禁反言の判断要素としては、侵害者に特許権者が権利行使しないと推測させるような行為を特許権者が行なった。その行為は、黙認、明言あるいは行動を含む。侵害者がこの行為に依拠した。特許権者が権利行使したら侵害者は損害を被るであろう。である。この禁反言についての推定はない(A.C.
Aukerman Company v. R.L. Chaides Construction Co.)。
ラチェスと衡平禁反言は"prepondenance of the evidence standard"で判断される。
3)実施権の存在
k.結論
特許権無効/有効、権利行使不能/可能または侵害/非侵害を簡潔に記述する。そして、もし、被疑品が鑑定完了後に変更されていたならば、変更前の被疑品についての鑑定であることを明示し、変更後の被疑品については再検討を要する旨を記述しておくことが望ましい。また、鑑定完了後に新しい情報に気づいた場合にも同様である。
5.最後に
日本の改正民事訴訟法は、米国の民事訴訟と同様のディスカバリーの制度を導入し、同時にアトーニークライアントプリビレッジも導入した。一方、特許法の改正審議会では、故意の侵害者に対する3倍賠償の制度の導入の是非が議論され、結果としては、3倍賠償の規定は導入されなかった。しかし、今後、故意侵害に対する賠償額の増額などにより、権利者の保護強化が進むことは間違いなく、その場合には、故意侵害の認定の要素となる鑑定の重要性は、米国だけでなく、日本においても同様に高くなっていくであろう。
以上